3ヶ月前、WTI原油は1バレル55.0ドルだった。あまりの安さにエネルギー担当のデスクは持ち高を減らし、テック株へのローテーションこそが「当然の勝ち筋」とされていた。それが今や112.1ドルをつけ、ブレント原油のスポット価格に至っては2008年以来となる141.0ドルまで駆け上がった。これは単なる値動きではない。市場の根幹が根底から再評価(リプライス)されたのだ。
ホルムズ海峡の封鎖は、地政学的リスクイベントが常に約束しながら、実際には滅多に実現しない「実害」をもたらした。しかも強力に、そして長期にわたって。タンカー運賃は数十年来の高値を叩き出し、通常なら東はインド・日本へ、西は欧州へと流れるはずのペルシャ湾の原油は、完全に立ち往生した。先物市場が追いつく前に現物市場が先に締まる――これぞ供給ショックの典型的なプロセスだ。1週間で霧散するような「紙上のショック」とは訳が違う。
チャートが物語る「加速」の正体
1月:58.3ドル、2月:65.4ドル、3月:94.5ドル、4月:112.1ドル。毎月の上げ幅が前回を上回っている。これは単なる「スパイク(急騰)」ではなく「加速」だ。この形状には意味がある。スパイクなら一過性のイベントだが、加速は市場が買い続ける理由、あるいは売る理由を失い続けている証左だ。現状はその両方だ。海峡が封鎖されたままの週が続くごとに、新たな買い手が強制的に参戦してくる。製油所は将来分を買い込み、トレーダーは踏み上げを食らい、国家は備蓄を積み増す。買い圧力には何層もの厚みがあるのだ。
すべての基準となる数字を選べと言われれば、3月の94.5ドルだ。この時点で既に衝撃的な水準であり、1月の安値から60日間で62%もの急騰だった。しかし、3月の時点ではまだ市場は「海峡の混乱はいずれ収束する」と高を括っていた。だが現実は違った。94.5ドルから112.1ドルへの跳ね上がりは、市場がその前提を修正した結果だ。WTIがさらに10%上昇すれば123ドルに達し、2022年の高値圏である130ドル前後が再び視野に入る。逆に10%の調整が入れば101ドル近辺だが、海峡の問題が膠着している限り、心理的節目である100ドルの防衛線は守られるだろう。この数字の向かう先が、エネルギー関連株、インフレ・スワップ、そして中央銀行のタカ派的言説のすべてを決定づけている。
インドの動きには注目しておくべきだ。輸入依存度の高い経済圏が、供給網の逼迫を公に認めることは稀だ。通常は補助金や通貨調整、あるいは需要破壊を通じて静かに痛みを吸収するものだからだ。つまり、インドが公言した時点で、痛みはすでに限界を超えているということだ。先物曲線だけでなく、実体経済の方で「悲鳴」が上がっている。これは次元の違う話だ。
「影の在庫」という時限爆弾
湾内には、海峡を通過できず原油を満載したまま停泊するタンカーが溢れている。この「影の在庫(シャドウ・インベントリー)」――つまり航路半ばで座礁した貨物――は、短期的には人為的な供給不足を生むが、中期的には供給過剰の種となる。強気派は今の短期的な供給逼迫に安住している。海峡が閉じたままであれば、その原油は市場に届かず、価格は高止まりか上昇を続ける。だが、この変数こそが相場を一瞬で崩壊させる引き金にもなり得る。海峡が突然開通すれば、平常時に戻るだけでなく、これまで存在しないと思われていた「繰り延べ分」が市場に一気に雪崩れ込むことになる。巻き戻しは迅速かつ残酷なものになるだろう。
強気相場を確実に終わらせるシナリオはこうだ。停戦が成立し、海峡が再開され、影の在庫がスポット市場に溢れ出す。一方で、6,582.7ポイント(直近高値から下落)に位置するS&P500が示す通り、すでに弱含んでいる世界需要がその供給急増を吸収しきれないケースだ。そこに米政府やIEAが足並みを揃えて戦略石油備蓄(SPR)を放出するという、歴史が証明済みの「必殺技」が加われば、数週間で20〜30ドルの巻き戻しが起きても不思議ではない。このシナリオはメインではないが、テールリスクと呼ぶには現実的すぎる。
イランのエネルギーインフラという二元論的なリスクが事態をさらに複雑にしている。軍事行動でインフラを叩けば原油供給は永久に失われる。その時、ブレントの141ドルは天井ではなく単なる通過点になるだろう。一方で交渉による戦術的な打開、あるいは部分的な海峡開放で妥協すれば、供給過剰リスクが一気に顕在化する。現在、市場はその二極の間で値を付けているが、少なくともどちらか一方は外れている。
エネルギー関連株は、原油価格の上昇分を完全には織り込めていない。株式投資家は需要破壊を恐れている。112ドルのWTIを見て、産業界から運輸、消費関連まで利益率の圧迫を懸念しているのだ。彼らの心配はもっともだ。だが、需要面ばかりを見て、供給側の「粘り腰」を過小評価していないか。海峡はスケジュール通りには開かない。イランのインフラは1四半期では直らない。物理的な逼迫は、地政学イベントの際、投資家が織り込むよりも遥かに長い「半減期」を持っている。強気シナリオの最大の弱点は、外交チャンネルが凍結されたままだという前提にある――少しでも本格的な交渉が始まれば、プレミアムは数日で吹き飛ぶだろう。
2008年の金融危機の際、ブレントは141ドルをつけた。その後、需要破壊が供給懸念を圧倒し、6ヶ月で147ドルから35ドルまで崩落した。この歴史は肝に銘じるべきだ。ただし、あの時の上昇は「需要主導」であり、下落は世界不況による「需要消滅」だった。今の相場は「供給制約」による上昇だ。巻き戻しのメカニズムが根本的に違う。海峡再開というイベントは、世界不況より遥かに速い。リスクは緩慢ではなく、鋭利だ。
6,582.7ポイントのS&P500は、この混乱を不快な思いで消化しているが、まだ壊れてはいない。指数内でのエネルギーセクターの重みが、他セクターの損失を部分的に相殺しているからだ。今のところは。もし原油が夏まで100ドルを維持すれば、中央銀行が2年かけてようやく封じ込めたはずのインフレの議論が再燃する。金利見通しは変わり、株式のマルチプル(評価倍率)は圧縮される。エネルギーの強気相場と株式市場全体の強気相場は、もはや歩調を合わせることはない。これからは互いの首を絞め合う展開になるだろう。
これが現状のセットアップだ。供給ショックは紛れもなく事実であり、影の在庫というリスクは背後に潜み、イランのインフラ問題がすべての上に吊り下がっている。原油強気派の根拠は「すべてがうまくいく」ことではない。「供給の混乱が、市場がそれを織り込む忍耐力を上回る」ことにある。今のところ、現実は後者だ。供給制約は構造的であって、景気循環的ではない。市場はまだ「海峡の通行停止」を織り込んでいるに過ぎず、「中東の生産能力の恒久的な毀損」を計算に入れてはいない。
石油業界は30年間、自分たちは「政治の道具」ではなく「不可欠なインフラ」だと説いてきた。どうやら彼らは、そのどちらか片方については正しかったようだ。